社会学的自我の相対性理論?
ブログ、長らくご無沙汰でした。
さて、先日「世界フェアトレード・デー」というイベントに参加しました。
シンポジウムで、雑誌ソトコトの副編集長である沼尻氏が、下のような図を使って"LOHAS"を説明していました。(LOHASとはLifestyles Of Health and Sustainable の頭文字を取ったマーケティング用語。)
縦軸に自分のHAPPY、横軸が環境・Sustainable(持続可能性)へ関心の度合いだそうです。
つまり、自分ばっかりで地球環境に関心がないのが「ヒルズ族」、自分にも環境にも関心がなくなると「ニート」、環境が優先で自己犠牲的なのが「エコロジスト」、そして自分も地球環境もHAPPYであってほしいのが「LOHAS」なんだそうです。
なるほど、面白い。わかりやすいといったら、わかりやすいですね。
しかし、パネリストからは、いろいろと反論も出ていました。
まず、ピープルツリーのサフィア・ミニーさんからは、~今のLOHASの人たちは、ヨガとかデトックスとか、Health=Personal development(自己開発)に関心が高いけれど、SustainableにはSocial Justice(社会正義)も含まれるのよー。~
それから、ニールズヤード・レメディーズの梶原さんからは、~LOHAS=Lifestyles Of HAppy Shoppingというべきではないか?~などなど・・・(笑)
そこで、私もちょっと異論を差し挟みたいと思います。
まず、ニートの中には、非常に自己愛が強い人も居ると言うこと。それゆえの自己防衛が外界との遮断につながっている可能性もあると思うのです。
それから私は時々、環境志向の人でありながら、アパルトヘイト傾向の強い人に遭遇します。エコだけど、エゴというタイプです。
自分達の民族や国が生き残るために他の人たちの犠牲はしかたない、という偏狭な意味で持続可能性を重視する人たちです。
但し、この人たちは家族や身内の絆はとても大切にする傾向もあります。
自分を取り巻く愛情の対象(アイデンティティと置き換えられるかもしれない)領域は小さいけれど、密度は濃いといえるのかもしれません。対照的に、領域は広いけれど、身内への愛着は薄い人も居ますよね。
自己愛の質量と領域の法則とか、そう考えると何だかE=・・・じゃないけど相対的なものなのかもしれない・・・とふと思いました。
話ずれますが、今ちょうど愛国心教育の話が出ていますが、そんなこと自然に養われるべきで、不自然に強制するよりも政治家やリーダーが、まずはお手本になるべき。
「涵養」という言葉の方が良いですね。
とにかく教育の場より、政治、経済、ようするに大人の側から・・・ですね。
MixiのChoco-Revo !(チョコレート革命)コミュニティ Mixiご利用の方は、是非ご参加下さい♪ http://mixi.jp/view_community.pl?id=789003
Choco-Revo !ブログもよろしくお願いします。
Thank you!
| 固定リンク










コメント